こころねのうた

ほんねで歌いたい

ははそはの母

ははそはの母の命(いのち)の終はるまでなにをかやらむなぐさめの花 残されし母の五感にうたへたる術は何ぞと思ひ始めり 来たる日を怖れてもよしその果てのこころ和(な)ぐ歌なぐさめの歌 母が耳はまだ聞こゆるらし今日からは君のチェロの音聴かさむとする…

白鷺

1人ゆく圏央道はもの悲しチェロとピアノを聴きて走らむ 高速を駆けゆく車の風いたく穂芒(ほすすき)せはしくゆれゆるるなり チェロが音(ね)は水の羽衣身にまとひ空へと舞ふよ心ゆくまで 君が弾くチェロの音色のいざなひにすすき野原をそぞろ歩かむ 難病の…

星のまつりのあとに

たちまちに死に至るものとは知らへずにハムスターを死なせてしまへり 三度目の夏を迎へて巣のなかのぷんちゃんは目を見ひらきて死ぬ たらちねの母もひそかに死にゆくか不意に浮かびて思ほゆる母 揺すぶりて子を起こしゆくやはらかな小さき命の終はりたる朝 …

小さき子ら

人麻呂に赤人黒人(くろひと)旅人(たびと)海人(あま)人とは何そ思ひめぐらす 子のための貯えを削り取らなくば支払ひ難し光熱費二倍 牛殺しにおのが頭をかち割られ潰され死ぬる明日を思へり 政(まつりごと)を憂しと悪(わる)しと思ほえど才ある人を待…

望月

ターナーの光のどけきタンバリンをもつ女の絵はあたたかく照る 麁玉(あらたま)の年の初めにイギリスの絵画の話を聴きにゆかなむ 春の歌口ずさみゆく帰り道の靴には翼がつきているらし 朝日さす山へ入りにし望月がゆふべの空に照りてのぼり来 帰り道の電車…

上野の山

藍色の上野の空に浮かび見ゆ銀杏もみぢ葉ひそやかに揺る 日は暮れて上野の空にやはらかな夜の風吹きて葉をゆらしけり 公園に人はあまたにつどひをり寒寒と立つ銀杏のしづけさ たたかひはいまだ終はらず冬に入るほのぼのとわれはここに暮らしぬ 去年(こぞ)…

うつつの夢

世のなかはひとつの空の下(もと)にあり思ひさだめて人を恋(こ)ほしむ ひとときの言葉をかはせるうれしさは夢の夢なる水無月の空 胸のうちに神か宿らむかなしみの果てなる心のうたを編む君 五線譜にとどめられたるかなしさを音(ね)に尽くさはば恋ひ震ひ…

愛しき春(かなしきはる)

2022年3月17日息子と共に新型コロナウィルスに感染する。長男、小学校卒業式欠席。次男、3学期修了式欠席。 私の発熱は38度台、2日で解熱するも、倦怠感の強い日、頭痛の酷い日など症状が毎日変化、自宅療養期間終了の迫るなか不安の拭えぬ日々を暮らす。…

筑波 雁がね

井上井月(せいげつ)の歌曲「雁がね」を聴く 雁がねのしらべ美し伊那谷にたゆたふ思ひ沁みてすべなし 万葉の人のこころね知りたきに雁がねのうた読み広げゆく いにしへに筑波の山を越えてゆく雁がね恋ほし青き空見ゆ 実りたる稲田を過ぎておほどかに聳ゆる筑…

息ながく

ウイルスを取りこむ我れが二人子と保育する子にうつす夢みる 横浜へ行くことを我れがあきらめて夫(つま)のこころは安らぎたるらし くもりたる朝(あした)の庭にしらじらと二匹の蝶が空へ舞ひゆく なぐさみにながむる庭の撫子の白き花こそにほひたちくる 演奏…

真の春(まことのはる)

初春に 千両の朱きを飾らむあたらしき丑の年神迎え入れたし 自粛するこの正月は残りたる栗きんとんをわれ一人食(お)す 思川 深々と情(じょう)に棹差し流されて沈みゆく身のたづき知らずも わたくしの能(あた)ふかぎりに二人子をはぐくみ糧を得る術ぞ欲し …

やくそく

おかあさん あしたはれたら そらをとぼうね おひさまに きょうはさよならしないでねって やくそくするから おかあさん あしたはれたら そらをとぼうね これは長男が三才の頃に言った言葉を元によんだ詩です。 不意に思い出され、残しておくことにしました。

七十一年

ここに集めた歌は二〇一六年、アメリカのオバマ大統領が広島へ来日した時の中継を見て、それをきっかけに家族で広島へ出かけた時のことなどを詠みました。短歌雑誌『歌壇』短歌賞にも応募してみましたが落選。その拙歌を拾い集めて加筆修正しました。落選で…

シラーズの少年-人権作文

平成三十年度 栃木県人権作文 応募作品 私の夫はイラン人です。来日して今年で二十七年目を迎えました。私が夫と出会って初めてイランという国を訪ねたのは、平成十五年でしたから、今からちょうど十五年前になります。そのとき、新婚旅行を兼ねてイラン国内…

心の垣根をこえて-人権作文

令和元年度 栃木県人権作文応募作品 心の垣根をこえて イギリスの作曲家のなかにアルバート・ケテルビーという人がいたのはご存知でしょうか。一番よく知られているのは「ペルシャの市場にて」という作品かもしれません。私が特に好きなのは「心の奥深く」と…

心の奥処(こころのおくか)

新型のウィルスによりて籠ること善しとされたる日を重ねゆく 日々に子の学びをたゆまず導ひてゆくこと難しいかにかはせむ 二人子の宿題見終えてまひるまに洗濯物を干す日もありぬ 『石上私淑言』読む耳の底我が肩の辺に師の声を聞く なつかしきにほひのする…

駱駝の性(らくだのさが)

四月より保育の仕事に就きにしが心は添はずなりにけるかも 小さき子の思ひにそひてやすらぎの保育はいかにと悩み始めり 目に見えて成りいづるものを見せたらむと逸(はや)る心の保育と思ほゆ 空(から)にして悩まずひたに仕事して馴れてゆかむと言ひきかす…

父のおもかげ

この作品30首は2008年第23回『短歌現代』(現在廃刊)新人賞に応募し次席入選した拙歌です。私の父は2002年に胃癌と診断され、手術するもその後転移、闘病の末、同年の冬55歳で他界しました。 西の山に日はあかあかと入りてゆく彼岸のゆふべ父おもほゆる 夜…

呼子鳥(よぶこどり)

この歌は2007年ころに短歌雑誌『短歌現代』(現在廃刊)の新人賞募集に寄せて創作したものを加筆修正した作品です。 不妊に悩んでいた当時の思いは忘れがたく、上げました。その頃の私は原稿用紙の書き方を完全に理解しきれておらず、選考の段階で没にな…

大聖堂

はるかなるパリの夕空 勢いよく火は大聖堂を燃やさむとする ノートルダムの大聖堂の高き塔が燃えさかり崩れ落ちてゆくなり 燃え落ちてゆく大聖堂を深々と悲しみて見るパリの人々 パリに住む人の悲しみ深からむ黙してひたに火を見つめゐる 常にあるものはなし…

雑歌

われ独り重荷を負ひてぬかるみをゆく心地して人を羨しむ 許すこと忘るることと思ひおよびパッヘルベルのカノン聞こゆる 元年のはじまりの雨は降りやみて朝(あした)の空は澄みてあをめる 窓をあけて土のにほひを吸ひこみぬ今朝真新し雉の足あと 広島に届け折…

うつしみの人

仕事より帰り来たりて洗ひ場に君が使ひし皿はしづもる 寝室に君は休みぬ今日もまたイヤホンつけて動画見てをり 昼過ぎてやうやく飯を食ひ終へてアル・パチーノを見たくなりたし 『セント・オブ・ウーマン』見たし二人子は『ライオンキング』を見たしと言ひけ…

日々のうた

しるしなく熱(いき)り立ち立つ火の山はわが胸の奥にたしかに聳ゆる 兆しなく怒りの声を突きつけてむす子の心を傷めつけにき 荒ぶれる声を響かせ眉根よせ怒りてむす子を統べらむとする 声をたてず涙を流して泣きてゐるむす子の心を踏みにじりたり まうこんな…