この歌は2007年ころに短歌雑誌『短歌現代』(現在廃刊)の新人賞募集に寄せて創作したものを加筆修正した作品です。
不妊に悩んでいた当時の思いは忘れがたく、上げました。その頃の私は原稿用紙の書き方を完全に理解しきれておらず、選考の段階で没になったと思われます。不妊治療を続ける友人にこの歌を捧げます。
不妊治療を施す医師は早口に治療の術を話し始めり
お互ひに欠けたる体と知りてのち君は我が身を責めずなりにき
内診台に座(ま)して台座はあがりゆきカーテンの裾が腹にふれくる
医師の名を知らぬままなる診察に我は黙(もだ)して足ひろげをり
手ぎはよく超音波鏡を抜きとりてゴム手袋をはずす音する
ポリープの摘出手術が始まりてももいろのわが子宮内見ゆ
麻酔より目覚めてさびし我ひとりうす暗き部屋の隅に寝ていつ
鈴の音をひびかせ近づきくる人は誰れそわたしの母が来りぬ
君とわれのために施す人工の授精と思ひて心しづめむ
洗ひたる精子を針より注ぎこみて内診台の上みごもらむとす
体外の顕微授精をすすめられわれの心はそはずなりゆく
二十九歳をむかへし朝(あした)友よりの妊娠したりとメール届きぬ
子を欲しと思ひ煩ひたる友が身ごもりてのち我れは遠ざく
子を受くるは神のまにまにと思へども身ごもる人を羨しみて見ゆ
五年(いつとせ)を君と共寝る子はなけど楽しきくらしと思ひつづけたし
人みなの明るく生きて見ゆる日に朱き西瓜を独りむさぼる
猫の子の生(あ)れて五日を箱につめ早き川瀬にながしにゆきぬ
砂浜に嬰児(みどりご)果てぬあたらしき命はたやすく捨てられにけり
如月の冷たき空に子をビンにつめて燃やせるゴミと投げ捨つ
ゴミ箱のなかに臍の緒つけしまま子は捨てられて泣き死ににけり
をさな児は虐げられて死ににけり救はれがたき命いたまし
人の子を喰らふ鬼子母神にやはらかな小さきわが子をそなへまつらむ
理のすさみゆく世に罪あまた瑞穂の国の水生臭し
初夏(はつなつ)の青き空なる呼子鳥こゑを恋ほしみ幾朝を待つ
風そよぐ五月の朝の青空にひときは高く呼子鳥鳴く
呼子鳥かなしからずや口うつしに雛を育む術を持たざる
あこあこう木立にとまりて鳴くこゑを霧雨のなか聞きて帰りぬ
すこやかにいのちはぐくむこのほしの空ながむれば心すみゆく
里山の小楢若葉の道の辺をわが子の手をひき君と歩まむ
十姉妹のつがひに一羽の雛生(あ)れてちひさきこゑを聞けばうれしき