1人ゆく圏央道はもの悲しチェロとピアノを聴きて走らむ
高速を駆けゆく車の風いたく穂芒(ほすすき)せはしくゆれゆるるなり
チェロが音(ね)は水の羽衣身にまとひ空へと舞ふよ心ゆくまで
君が弾くチェロの音色のいざなひにすすき野原をそぞろ歩かむ
難病の母の命は弱まりぬうつつをゆめと見ることはなし
病む母を訪ふ朝の高速のサービスエリアに舞ふ白き鳥
朝の日の明るき空に飛びてゆく白鷺にわが心やはらぐ
母の背に負はれて眠るをさなき日芦ノ湖に吹く風心地よし
ひたすらに臥すばかりなる母の身の痛みをやはらげる術はなし
ははそはの母はにげてと走り書き夢を現と思ふやうなる
食べること飲むことを禁じられてゐる病は母の楽しみを剥ぐ
始めからかうではなかつたわが母の閉じてゆく身を思ふかなしさ
孫よりも鳥は元気かと書きてきく母の心をおかしみて見ゆ
ころされるころされるとぞ幾度も書き記したる本音のかけら
深々と首をもたげて誰一人わかつてくれぬと言ひたげな背(せな)
病む母をわれは置きてそ帰りゆくその涙より生(あ)れいづるもの
導きの言葉を知らぬ母はいま暗き広野に独り惑ひぬ
死の影か夜を恐るるわが母を天の使ひよ守りたまへ
主はいつも共にあることを信じたる人の心の幸ひを知る
秋萩の上に置きたる白露の母の命は銀にかがやく
白鷺は羽を広げて飛び立ちぬ朝霧しづかに消ゆる頃かも