
酷暑日の日に照らされて嘴(はし)をひらく暑しかるらむ黒き鴉は
鳥けもの虫は木陰に隠れゐてすさまじく暑き夏を生きむか
蛇口よりなまあたたかき水のいづる夜は源兵衛川の水を恋ほしむ
広瀬中佐を求めて
たたかはず日露が和する道なきか術を求める人を知りたり
石垣に夏草のびてさらさらとゆれゆる階(きざはし)のぼりゆかなむ
芙蓉の花うすくれなゐに咲き満つる広瀬神社にわれはきたりぬ
朝日照る社あかるし境内の草とりをする人の愛(かな)しさ
いづくにか広瀬中佐はおはします眼(まなこ)をとぢて耳すまし聞く
軍神とあがめられたる社にはただ蝉しぐれ響ききこゆる
資料館にて
「頑孫」と手紙の結びにたはぶれの文字も明るく笑まひて見ゆる
サモワールを使ひてお湯を沸かしたる中佐の姿を親しく思ほゆ
プーシキンの「夜」をからうたに書きかへて言を尽くして離(さ)かるかなしさ
わかれゆく日に見送りはせじといふしのび慕ふる乙女子あはれ
橇に乗りシベリア横断果たしたる健やかなりし広瀬中佐は
七生報国、一死心堅、再期成功、含笑上船
七度(ななたび)を生まれかはれど国の恩に報はむとするこころ知りたし
中国の大地と海でたたかひは広げられたり日露戦争
植民地支配を防ぎ日本を這ひ上がらせむと生きし人々
妻子ある兵曹長を故郷へ帰さむと君は探したりしか
たたかひのさなかにありて人を思ひ問ひて探せる心うつくし
あひ思ふ人を亡くせしアリアズナはうつつをいかにくらし生きけむ
兄勝比古は既に弟を二人弔う
たたかひにゆきて帰らぬ弟を春の盛りに送る悲しさ
見晴らしの良い境内に立つ
笛吹きて広瀬中佐を偲ばむと社に立ちて町を眺むる
山あいの竹田の町の群山に笛ふきならさむ旅のしづめに
竹田なるあをき群山に向き立ちて胸の底ひがあつくなりゆく
草とりの嫗
手土産をくれたる人の清らかな御心うれしわれをなぐさむ
草とりに汗する人と親しみて中佐の話しを聞ける楽しさ
白髪のびて年をふれども明るさのある声に聞く広瀬武夫を
亡き母のかげを重ねて見る御髪思ひはいづくへなびきなよめく
大連の外国人墓地もゆきたしと旅の続きを思ひ描きぬ
帰る日に
朝日さし湯けむりたちたつ山並みをおもしろく見ゆ君生(あ)れし町
秋の彼岸に
青山の霊園へゆく銀杏(ぎんなん)の実の落つ道を歩きゆかなむ
霊園の中佐の墓に風吹きて松のさ枝はほのかにゆらめく
ウェディングドレスを着たりて写真を撮る外苑の道の白き幸ひ
神宮に学徒出陣式ありぬ過ぎにしことはわすらるるかも
たたかひに勝たずば生きて帰らじと誓ふ心を勇ましといふ
今はなき万世橋の駅前の軍神広瀬と歌はれしころ
国敗れ古きかんがへ捨てたると中佐の像は倒されにけり
いまにして人は知らざりうつくしき廣瀬武夫の和するこころを
神宮のくらき木陰にしらじらと彼岸の花は咲きそめにけむ
神宮のなみ木のかげの曼珠沙華けふしらじらと咲きにけるかも
天気図に旅順港外見出してたたかひありし海とおぼゆる
山あひの竹田の町のひそやかさあくがれ恋ふる青き群山